エリフエルドアン脚本の作品
LucaBaici訳
今週の刊行では、VUJは注意欠如・多動症(ADHD)とジェンダーとのインターセクショナリティについてスポットライトを当てる。私たちは中島先生とADHD当事者をインタビューし、我々の性差がある世界が当事者の生活にどのような影響を与えいるかと聞いた。
私は自分のADHDにより、過去数ヶ月、診断を求めてきた。自分の中では、いつも、何かおかしいと思っていたが、大学の最終学年になり、悩みが段々深刻になっていると気づいた。大学院に出願し就職し、卒論を書く頃だった。6か月も事前に知っていたにもかかわらず、大学院出願の全ての締め切りを逃してしまった。卒論を書くために毎日リマインダーを設定したが、計画より4か月も後に書き始めた。席から立ちシャワーを浴びることさえもなかった。小学校の時、失読症の傾向があると診断された。子どもの頃を顧みて、読書が苦手で、会話について途中で切れたり、物を忘れたり、情報を処理や時間を管理するなどできなかった理由がわかった。
研究によると女子は多動や衝動的な行動などADHDの典型的な兆しを見せないことから、あまり診断されないそうだ。これらの女子は経験からが何かおかしいかなと感じている。私はこの統計に入ってしまって、また中学校時代に兄はADHDと診断されたにもかかわらず、私は診断されなかったことにショックを受けた。家父長制やジェンダー役割は自分の人生を既に困難していたが、自分の神経発達症にまで影響を与えるとは思っていなかったの。
臨床心理士成人期のADHDの認知行動療法の研究と臨床を行っている中島先生は、「高い自殺率、うつ病率に加え、ADHD当事者は一般人との2倍薬物を使用している。望まない性的な関係や危険な性行為にかかわることもより多いです。」と述べて、「ADHDは注意欠如・多動症という発達障害の一種です。12歳までに、多動性、衝動性、不注意などの特性が環境とマッチせず、学校や家庭や社会生活など2場面以上で機能障害を呈しているときに診断されます発達障害なので、それらの特性は生涯続きます。」
女性は診断されにくい
なぜ女性は診断されにくいのか。中島先生は「男児のADHDは、友達をたたくなどの行動面からクラスで問題視されて親が病院に連れて来るパターンが多い」とどうして男の子がよく診断されるのを説明する。「女児はずっと頭の中で空想を繰り返したりノートへの落書きに夢中になったりなど、外から見えにくい多動である場合が多く、クラスで問題視されにくいのです。その結果、高校を卒業するまで見逃される可能性が高くなります」。では、なぜADHDがジェンダーによって異なる形で表われるのか。中島先生は「女子多動を示す人がいるのですが、社会的望ましさによるものであると思います。男子はしっかりしなさい、女子は恥ずかしからそういうことしないと言われることが多いので多動は女子ではよく喋ったり書いたりするなど、違う形で現れるが多い。」と述べる。
私はできないと思って…
「私はできないと思って…」と大学を卒業したばかり絃美さんが学士課程を終了した時そう言った。絃美さんが診断を受けることを決心したのはその時でした。「最初に診断を受けたいと思ったのは高校生の時。美術の予備校に通っていた。普通の体力がなくて眠かった。何もできない気がしていた。」と絃美さんは説明する。「自分の締め切りを厳しくし、別の対策も試したけれど、どれも役に立たなかった。だから私もできないと思ってた。」
大人のADHD
大人になるに伴って誰もがより多くの責任を追うようになる。しかし、ADHD当事者とって、責任を追うことはより難しい。「ADHDの人が高校を卒業して進学や就職で親元を離れると、遅刻をする、課題が間に合わない、忘れ物や、ケアレスミスをするなど、これまで親や先生がカバーしてくれていた問題が露呈します。」と中島先生は説明する。「大学の時は自炊を頑張ろうとしていて。女性だったら自分できちんとできるのが普通というイメージがある。」と絃美さんは言った。このようなジェンダー的な期待から、女性は自分の苦労を隠すために一生懸命になるのだ。「女の子の部屋は綺麗で当たり前、料理はできて当たり前、そういう考え方があるからみんなはますます隠します。」と中島先生は加える。
トキシック・マスキュリニティ
ジェンダー的な期待は男性にどのような影響を与えるのだろうか。「ADHDのことを話すのも精神科に行きにくいというのも全部やっぱり自分は弱いということを認めることが難しかったことに基づいていた。男性優位な社会の影響だと思う。」と28歳のアンダーグラウンドパンクシーン写真家の直志さんは言う。「高校生の時の飲食店のアルバイトでオーダーを間違えたり色々なことを忘れることが多かった。それに先延ばしも多かった。」と説明した。ジェンダー的な期待は女性診断を受けにくくしたが、トキシック・マスキュリニティは男性に、神経発達疾患の話題においてさえ、苦労について話したり、悩んでいることを認めたりしにくくする。「ADHDとか自分の弱みをもっと気軽に話せるようになりたいねということで男性優位社会を無くしたい。」と直志さんは述べる。
私たちのADHDとASDとのインターセクション
「私は兄が得たようなリソースに触れることができなかった。彼は典型的な男性ADHD当事者だったからだ」とジョーさんは述べる。ジョーさんにはADHDと診断された弟がいる。「もし私が抱える問題コントロールできないことであり、私を構成する一部だと知っていたら、少し安心できただろう」と言った。「ADHDは授業の参加能力に影響を及ぼした。社会環境までも。燃え尽きを経験した。」とジョーさん。ADHDと自閉スペクトラム症(ASD)の当事者は社会情勢や感覚的な過負荷など様々な場面で燃え尽きを感じる。
ADHDと日本
日本では、トキシック・マスキュリニティとジェンダー的な期待はADHD当事者の日常生活を困難にする。それに加え、ADHD当事者は匂い、音、画像、肌触り等により感覚過敏を起こす。「スーパーでもインターネットでも大量の情報が流れ込んできて、圧倒されることがある」とジョーさんは小さな日常的なタスクでも感覚過敏を引き起こすことを説明する。
中島先生によると日本ではADHDについて理解が深まってきている。「以前に比べ、この十年ぐらいでADHDという言葉は一般に広がりました。2000年にぐらいに『片付けられない女たち』というアメリカの本が翻訳される前はADHDは男子の病気だと思われていた」。ADHDについての知識が広まったことで、人々が必要な援助を受けられるようになりますように。