1月に配信開始された、Netflixのドラマ『セックス・エデュケーション』。主人公は、著名なセックス・セラピストでシングルマザーの母親に育てられてきた、ぎこちないティーンエージャーのオーティス・ミルバーン。この内向的で、童貞の男の子が、母親の仕事をきっかけに、学生のための匿名セックス・コンサルタントになるまでの話を追う。
メディアやフェミニストの発言で最近目にする「トキシック・マスキュリニティ」(危険な・有毒な男らしさ)とは、心理学において、男性や社会に有毒・危険であるとされる文化的規範を指す。これは男性や男性的な特質を悪者扱いするものではなく、昔から理想的な男性のふるまいとされてきた、支配的・自立的な行動や競走心などが、いかに有害であるかを強調する言葉である。
ボストン大学の不安障害や関連する障害を扱う研究所の臨床心理士Ellen Hendricksonによると、トキシック・マスキュリニティは箱に例えられる。つまり、箱のように狭く、固くて、体をゆがめないと入れないものなのである。この男らしさの箱にフィットするには、次のような行動様式や信念に従わなければいけない:痛みは静かに耐える、負けてはいけない、何も必要としない、怒りや強がり以外の感情を出してはいけない、頼ってはいけない、弱さを見せてはいけない、密告してはいけない、など。男の子を社会化していく過程ではたいてい、暴力が標準化され、いじめや暴力的な行動は「男だから」と許容され、促進されていく。
米国テキサス州の退役軍人省の臨床心理士Angela Beard博士は、「男性は、自分の感情的欲求が何か、それを満たすために他人に何と伝えるのか、自分が何を感じているのか、表現する方法をしっかり教わる機会がない」と語る。男性の中でも特にミレニアル世代は、助けを必要としていることすら理解できていないという。羞恥心を長年研究してきたBrené Brownは、恥という感情が有毒な男らしさの最大の原因だと語る。女性は、不可能で相反する期待を実現できない時に羞恥心を感じる一方、男性は自分の弱さを表に出してしまった時に羞恥心に駆られるという。
このようなわけで、Netflixドラマ『セックス・エデュケーション』の、性別やセクシュアリティ関係なく感情表現するという描写が、大変すばらしいものなのである。母親の職業と教育の影響で、16歳の高校生オーティスは、年齢にしては非常に感情的知性が発達している。彼の友達メイヴに、学校で匿名セックス・セラピービジネスを始めるよう後押しされた時に、彼のこの一面が明らかになる。ドラマを見進めると、今までに見たことのない現実味を帯びた、様々な成長段階のティーンエージャー達が描かれていく。膣痙攣や勃起不全、性的同意や、良好な人間関係を築くのに欠かせないコミュニケーションについてなど、あらゆる話題が取り上げられていく。オーティスも、感情的知性が発達している一方、セックスの経験がなく、マスターベーションができない。
では、『セックス・エデュケーション』は具体的にトキシック・マスキュリニティにどう対抗するのか。第一に、自分の繊細さを表に出すのが怖くない男性の登場人物が多いという特徴がある。例えば、オーティスの親友エリックは、アフロアメリカンで信仰深い家庭で育っており、奇抜な服装ときれいにぬったネールで、お化粧をして学校にいく。彼は他人が彼のことをどう思っているかなど気にかけていなかったが、ある日、その見た目を理由に暴行を受けてしまう。それから彼は自己アイデンティティを疑い始め、一般的な男らしさの規範に従うべきなのか、みんなに受け入れてもらうために好きな格好をするのはやめた方がいいのか、身の安全のために自分らしさを捨てるべきなのか、考え始めてしまう。
主人公のオーティスは自分に素直で、規範破りのお手本と言ってもいいだろう。感情を表したり母親に愛情表現をしたりすることを怖がらず、友達のために公共の場でクィアな格好をすることも躊躇しない。学校のパーティーでは、他の人にゲイだと思われることなど気にせず、エリックとスローダンスをするシーンもある。オーティスはセックスをしたことがなく、男性だからいつもセックスをしたいと思わなければいけない、というステレオタイプをぶち壊している。ハイパーセクシュアルで剛健な男性の規範にとらわれず、自由な男性こそ、幸福な男性と言えるのではないだろうか。