災害とジェンダー

中島遥訳/菊池
幸訳イラスト:エミリー・ハワード

震災や台風など多くの災害が起こっているが、ジェンダー平等に基づいた防災はどのように行われているだろうか。今回は、災害対策をジェンダーの視点から捉え直してみたい。

1. 暴力の増加

 「暴力」は災害時にあらゆる形で現れる。特定非営利活動法人しあわせなみだは、震災時に「性暴力が起こりやすい環境」が生み出されると指摘している。例えば、建物の倒壊により死角が増加すること、生活の場が避難所という共同の場所になることといった環境的要因がある。さらに、緊急事態によるストレスが子どもなど立場の弱い人に向けられやすいという心理面での要因もあるという。
また、減災と男女共同参画研究推進センターは、東日本大震災に関する調査で集められた事例の半数がDVだったと指摘している。なかには、義援金や生活費を渡さない経済的暴力もあった。さらには、支援を必要とする女性に対し物資や住居の提供と引き換えに性行為を要求する「対価型」の暴力が見られた。

 同センターが指摘するように、こうした問題を災害が起こってから周知し対策することは難しい。熊本市男女共同参画センターはあもにいが行った熊本地震に関するアンケート調査では、「東北の地震を経験したママ友からメールが来て、女の子を一人でトイレに行かせたり、遊ばせないように教えてもらった。メールが来なかったら気が付かない内容だった」という回答もあった(p,8)。性暴力の危険性は見えにくくなっているのではないだろうか。そのため、防災においてジェンダーの観点は不可欠だ。

2 対策

 日本では現在どのような取り組みが行われているのだろうか。内閣府の「被災者支援に関する各種制度の概要」には、「みんなの人権110番」「女性の人権ホットライン」「インターネット人権相談受付窓口」等の連絡先が記載されている。しかし、状況によりこうした窓口を利用することが難しい場合もある。例えば避難所のような、大勢が共に過ごしている場所にいれば相談のハードルは上がってしまう。相談先に加え避難所の整備も重要だ。

 内閣府は2016年に「避難所運営ガイドライン」を作成した。これは、東日本大震災を受け策定された「避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」を基にしている。このガイドラインには「女性・子どもへの配慮」という項目があり、「女性や子どもは特別なニーズを持った存在です。例えば、生理用品や更衣室、授乳室の必要性に配慮することで、多くの人が安心して過ごせる環境が維持できます」と書かれている(p.51)。項目は「衛生面・保安面への配慮」「女性の活躍環境の確保」の2つがあり、「女性更衣室/スペースの設置を実施する」「安心して話せる女性だけの場の確保を検討する」など10のポイントが挙げられている。また防犯対策の項目においては「トイレ・入浴施設付近での性犯罪発生防止」が明記されている。

 特に重要かつ困難が伴うのは「女性活躍の場の確保」ではないだろうか。災害ではしばしば、現在あるジェンダーの構造がより明らかになる。配慮だけでなく、意見を反映できる仕組みや固定観念の転換が必要だ。

3 繰り返さないために

 災害が起こった後、生活が元に戻るには時間がかかる。そもそも、緊急事態が起こった際浮き彫りになった暴力や差別の構造が残ったままでは、「元に戻す」ことが良いとも言えない。

 池田恵子は『災害・復興の経験を「災害に強い社会の構築」に活かす』の中で、次のように述べている。「ジェンダーは、災害脆弱性の根本原因を形作る一つの要素である。こう考えるなら、災害以前の社会にあった慣習、権力配分、資源配分のうち人々の脆弱性の原因となっていた部分をそのまま活用した、つまり脆弱性を再生産するような救援や復興のすすめ方は容認されるものではない。すべての災害対応と復興は、脆弱性の改善という側面を持つ必要がある」(p.2)。

 熊本市男女共同参画センターはあもにいは「熊本地震を経験した私たちが提案する男女共同参画の視点に立った防災ポイントBOOK」を発行している。これは2016年に発生した熊本地震での経験・調査を基に、被災した育児中の女性へのアンケートも反映させた冊子だ。「固定的性別役割分担がもたらす弊害」や「DVや性被害を防ぐために」といったジェンダーに関する項目に加え、若年層や高齢者、外国人などそれぞれの立場ごとに違った悩みや困難があったことをまとめている。

 特に、避難所運営におけるリーダーのジェンダーバランスと女性への育児・介護の負担集中の懸念は大きい。「『避難所の運営責任者は男性、炊き出しは女性』といった役割分担は、責任ある仕事が男性に集中し心身を疲労させ、一方では終わらぬ食事作りを女性が担い、休むことができず過労に陥るなど、男女相互に無理を強いる場面が見られた」(p.7)。アンケートには「男性は仕事に行き、女性は仕事をしつつ、育児もほぼ一人で負担するスタイルがこの地震で強くなったと思う」という意見もあった(p.7)。

 こうした性役割の固定は暴力にもつながる。最初に挙げた対価型の性暴力やDVに関し、減災と男女共同参画研修推進センターは背景の1つとして「意思決定の場の男女不平等」を挙げている。

 はあもにいは熊本地震での経験を踏まえ、避難所運営のスタッフへのヒアリングや物資の提供、「男女共同参画の視点からみた防災啓発」を行っている。

災害時は「助け合い」が呼びかけられるが、緊急事態の中でこうした問題を認識することは難しい。災害によって浮かび上がった差別構造や価値観を持ち越さないために、平時から具体的な対策に取り組むことが必要ではないだろうか。

参考文献

池田恵子「災害・復興の経験を『災害に強い社会の構築』に活かす ー大津波からインドネシアは何を学んだか、日本は何を学ぶのか」『ジェンダー研究』17, お茶の水女子大学ジェンダー研究所, 2014年. pp1-11. http://www2.igs.ocha.ac.jp/gender/gender-34/

熊本市男女共同参画センターはあもにい『熊本地震を経験した私たちが提案する男女共同参画の視点に立った防災ポイントBOOK』

「災害時の暴力とその防止」『減災と男女共同参画研修推進センター』http://gdrr.org/%E7%81%BD%E5%AE%B3%E3%81%A8%E3%82%B7%E3%82%99%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%99%E3%83%BC/%E7%81%BD%E5%AE%B3%E6%99%82%E3%81%AE%E6%9A%B4%E5%8A%9B/

特定非営利活動法人 しあわせなみだ http://shiawasenamida.org/m03_07

内閣府『被災者支援に関する各種支援概要』2019年.http://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/seido.html.

内閣府 防災担当『避難所運営ガイドライン』2016年.http://www.bousai.go.jp/oyakudachi/info_jichitai.html.